知らないうちに・・・

日本が終わっている本当の理由


どこの宗教だよ、と思ってコメントにある神慈秀明会とやらのwikipediaを見て、こんな宗教があるんだなぁ。教祖はどんな人だよ、岡田茂吉?なんか聞いたことぐらいある気がするなぁ、とか思ってwikipediaを読む。
世界救世教?そんな宗教があるのか・・・と思って読み進めると「大本教の幹部であった岡田茂吉」とある。
なんだ大本教って、と思って読み進めると今度は出口なおという教祖にあたる。なになに・・・この出口さんは金光教に入ってたの?
金光教って何よ・・・と思って読むと「赤沢文治(川手文治郎)、後の金光大神」が教祖みたいだ。すると次の一文でようやくよく聞く名が出てきた。

江戸時代末期に開かれた黒住教天理教と共に幕末三大新宗教の一つに数えられる。

なんだか、日本って無宗教って感じがしてたけど節操ないほどに色んな宗教があるんだな・・・。さらに神道十三派なんてのもあるみたいだし、特に神道系に多いのかな?
仏教系もいろんな宗派があったりするんだけど、仏教の方が身近というか生活の中の習慣に溶け込んでいる気がして身近な感じがする。もちろん神道系のものも生活に溶け込んでいるんだけど、なんかもっと深い部分で溶けこんでいて気づかない感じ。
仏教の方が経典、教義のようなものがあるから組織化しやすかったのはあるのかもしれない。一方で、神道にはそういったものがないので(というと語弊があるだろうけど)、個々人がいろんな宗教を作ってしまうのかな。
ただ神道は一応、皇室神道があり、皇室は日本の歴史でずっといたことを考えると、仏教の方が組織的に政治には関われていない気がする、なんて考えているところで「比叡山焼討ち」のことなんかを思い出した。
あの安土桃山時代なんかは仏教と神道はどんな関係にあったんだろうか。そもそも今現在も仏教と神道の関係がわからないけど、キリスト教イスラム教ほど表立って政治に介入してこないのは、幸せなことと考えていいのだろうか。
塩野七生なんかはこういってる。

織田信長が日本人に与えた最大の贈物は、比叡山焼討ちや長島、越前の一向宗徒との対決や石山本願寺攻めに示されたような、狂信の徒の皆殺しである。
(中略)
不思議にも、非宗教とされている日本が、他のどの宗教的なる国よりも、イエス・キリストの次の言葉を実践しているのである
カエサルのものはカエサルに、神のものは神に」
これも、四百年の昔に、大掃除をしてくれた信長のおかげである。あれで、殺しまくられたほうも頭を冷やし、殺しまくったほうも、怖れから免疫になれたのだ。そして、その後ともかくも四百年の間、無意識にしろ、この傾向は固まる一方だったのである。この四百年間の間政教分離の伝統を維持してきた国は、巧みにわが道を進んだ英国をのぞいて、他には一国もない。欧米諸国が現在にいたるまで、この問題で悩み苦しまされてきた実情を知れば、われわれのもつ幸運の大きさに、日本人がまず驚嘆するであろう。

男の肖像 (文春文庫)

男の肖像 (文春文庫)

そう考えると、われわれは幸運なのかもしれない。あと、信長の野望で遊べるのも幸運。


で、びっくりしたのがこの上記のエントリーの神慈秀明会を立教した、小山美秀子さん。この人のコレクションを展示するMIHO MUSEUMに行ったことがあったよ・・・。知らないうちに関わってたりするんだなぁ。
なにやら無駄に金をかけている施設で、有名な建築家*1が作ったらしいってことは聞いていたけど・・・まぁエントリーの人のようなことにならなかったのもまた、幸運か。

*1:イオ・ミン・ペイ